平成も残すところあと半年。来年5月からは新元号となる。
平成という名前には「国の内外、天地とも平和が達成される」という意味が込められている。凄惨な事件こそあれど、日本においては明治維新以降、唯一戦争を経験しない元号となったのは素晴らしいことではないだろうか。

筆者は現在30歳。
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昭和生まれではあるが、現在までのほとんどを平成という時代の中で生きた。今回はそんな筆者の思い出とともに平成という時代を振り返る。

平成1~5年(1989~1993年)

【出来事】
・「ベルリンの壁」が崩壊。冷戦が終結する
・「ゲームボーイ」「スーパーファミコン」が発売される
・消費税の導入が始まる
・Jリーグ開幕
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赤ちゃんの頃の筆者。とてもかわいい。

Jリーグ開幕により世間にサッカーブームが巻き起こる。子どもたちの間では「Jリーグふりかけ」が人気で、筆者の周りの園児は皆、空の袋をコレクションしていた。そんな中、同じ園に通うカケルくんという友人が、お昼のお弁当に、平皿にラップをかけた状態のカレーライスを持ってきているのを見て「マジか!」と驚いたのを記憶している。

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幼少期の筆者。お面で顔を隠していることからも分かるように、とても人見知りなだった。

平成6~10年(1994年~1998年)

【出来事】
・「セガサターン」「プレイステーション」発売
・「新世紀エヴァンゲリオン」放送開始
・「ポケットモンスター(赤・緑)」発売
・ポリゴンショック事件発生
・「たまごっち」発売
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小学校時代の筆者。この頃は比較的明るい性格だった。

たまごっちが爆発的ブームになった。筆者はたまごっちもやっていたが、どちらかというとデジモン派で小学校のトイレで友人と通信対戦しているところを、他のクラスメイトにチクられ、先生から怒られる。またバトルえんぴつもブームとなるが、まもなく学校側が禁止令を発令。当時の子どもたちは普通の鉛筆にマジックでバトル鉛筆をコピーするという形で学校側に対抗するも、好き勝手にステータスを書く問題児によりブームは廃れた。

ポリゴンショック事件が起き、全国の子どもたちが倒れる。リアルタイムで視聴していた筆者に特に影響はなかったが、その当時ビーダマンやハイパーヨーヨーに熱中しており、締め打ちとループザループの猛特訓により、鉛筆をまともに持てないほどに指を痛めていた。

この頃、教室の後方に掲示されていたクラス写真をみた他クラスの先生が「この子、ジミー大西に似てるね」と発言したことを発端に、あだ名がジミーになってしまう。それから性格が徐々に暗くなっていく。

卒業アルバムの一枚。お分かりだろうか筆者の右腕が消えている。
卒業アルバムの一枚。筆者の右腕が消えている心霊写真。

平成11~15年(1999年~2003年)

【出来事】
・ノストラダムスの大予言
・「ポケットモンスター金・銀」発売
・「プレイステーション2」発売
・「J-Phone」が「ボーダフォン」にブランド変更
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最も暗かった中学時代の筆者。親が買ってきた「PIKO」のTシャツをよく着ていた

当時ノストラダムスの大予言により世界は破滅するという特番が頻繁に放送されており、未来が見えると語る胡散臭い能力者が続出。「地獄先生ぬ~べ~」の愛読者であり「超常現象スペシャル」などを欠かさずに視聴していた筆者も、当然世界は破滅するものだと信じて疑わなかったが、特に何も起きなかった。その後の2000年問題の時も、筆者は文明崩壊が起きるものだとワクワクしていたが、こちらも何事もなかった。

また「発売するする詐欺」を長らく行っていた「ポケットモンスター金・銀」がついに発売される。すでにそのころ筆者の中でのポケモンブームは終わっており、「メダロット」や「モンスターファーム」に熱中。CDからモンスターが誕生するという斬新なシステムを搭載した「モンスターファーム」には家族全員がハマるほどで、筆者は図書館からCDを借りてきては、石版再生を繰り返していた。

この頃、携帯電話を所有するユーザーが増え、筆者は父親のおさがりのプリペイド式のピッチ(PHS)を学校に持っていき持っていない生徒に自慢をするも、カメラ機能を搭載するJ-PHONE所有者が現れたことにより意気消沈する。

小学校の児童がそのまま中学校に進学したため、ジミーのあだ名が継承される。筆者の性格は本格的に暗くなり、学校が終わると家にまっすぐ帰る子どもだった。当時はフラッシュ動画黄金期。ダイヤルアップ接続の遅いネット環境の中、電話代を気にしながらインターネットの世界に入り浸っていた。

平成16~20年(2004年~2008年)

【出来事】
・前略プロフ大流行
・mixi(ミクシィ)
・スタービーチ
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高校時代の筆者。中学時代に比べ性格はやや明るくなった。

高校生の多くが携帯電話を持っていた。当時はボーダフォン、ドコモ、auの三強時代で、筆者はau端末を使用していた。当時の携帯電話は画面がカラーになっていたものの解像度が非常に荒く、当時の高校生はパケット代を気にしながらその小さい画面で数十秒ほどの動画をこぞって見ていた。

また、この頃「前略プロフ」が大流行。筆者も一応手を出すが自分を表現するのが苦手だったため、何の面白味もないページとなり、キリバン報告以前の問題でほとんどアクセスされることはなかった。その後、流行りは「mixi(ミクシィ)」に移り変わるが、こちらも同様だった。
また、出会い系サイトの走り「スタービーチ(通称:スタビ)」が流行。筆者も手を出し「プロフはこっちにあるからチェックしてねトラップ」にはまって、架空請求におびえることとなる。

平成21~30年(2009年~2018年)

【出来事】
・スマートフォン普及
・東日本大震災
・「笑っていいとも!」放送終了
・Apple Watch発売
・五郎丸ブーム
・SMAP解散
大学時代の筆者
大学時代の筆者。「オレンジデイズ」みたいな学園生活にはならなかった。

筆者の初めてのスマホは、レディー・ガガがCMキャラクターを務めていたIS03という初期のandroid端末。iPhoneに比べて動作が重く、バッテリーの持ちも異常に悪かった。多くのユーザーが初期のandroid端末の完成度の低さにがっかりしてiPhoneに切り変えていく中、筆者は現在までかたくなにiPhoneを使用していない。

大学を卒業し不動産関係の会社に就職。とてつもなくブラックな会社で、震災当日も営業を続行させられ、原発がメルトダウンするかもしれないとニュースで報じられている最中も外回りを強制された。そんな状況で話を聞いてくれる顧客などいないので、放射能におびえながら公園のベンチで昼寝をして過ごす。4年ほど働いたのち退社、なんやかんやあって今に至る。

 

と、語りつくせない平成の思い出。
筆者がそんな思い出にひたっている原因は、冒頭で筆者が持っていた『さよなら「平成」ステーショナリーBOOK』のせい。
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この『さよなら「平成」ステーショナリーBOOK』は、小渕総理が新しい元号を発表した時に掲げていた「平成」完コピグッズの4点セット。
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「平成クリアファイル」「平成マルチポーチ」「平成ノート」「平成ふせん」が詰まってお値段なんと!!!

 

¥1280円(税抜き)!!!

うーーーん!まあまあする!!!

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